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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)4660号 判決

原告

高橋義雄

右訴訟代理人

高橋守雄

外一名

被告

株式会社成田国際カントリークラブ

右代表者

満野孜朗

右訴訟代理人

朝山豊三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

被告は原告に対し金六〇〇万円及びこれに対する昭和四七年三月一六日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、訴外紺文興業株式会社発行の慣習法上有価証券と看做される本件ゴルフクラブ入会金預り証書二〇枚を、以下のように適法に善意取得し、権利者として所持している。

(ⅰ) 紺文興業株式会社(訴外会社と称する)は、預り金額各金三〇万円、宛名人訴外織田昇蔵、発行日昭和四二年二月一日、番号お第二七五号ないし第二九四号なる成田国際カントリークラブの入会金預り証書(預託証券と称する)二〇枚を正規に発行した。

(ⅱ) 右預託証券は、

a 成田国際カントリークラブ個人正会員の入会金預り証で、その一枚ごとに正会員であることを証明するものであり、

b 各預り金は五年間据置、無利息で預けられ、正会員から請求があつた場合は、発券者である紺文興業株式会社において右証券と引換に返還することと定めていて、

c 右証券と共に、個人正会員の資格を各会員は他に裏書譲渡することができ、その譲受人は、右発券会社の名義変更の承認を得て、個人正会員としての資格を有することとなるものである。

(ⅲ) 右の預託証券は慣習法上の有価証券であり、従つて商法第五一九条の適用により善意取得の対象となるべきものである。すなわち

a 預託証券は有価証券である。

有価証券とは証券に表彰されている権利の移転及び行使が証券によつてなされることを要するものを指すが、預託証券は預託金返還請求権と施設利用権(プレイ権)とを内容とする会員権(ゴルフ場会社における会員たる地位に基づく諸利益と権利義務の総称)を表彰しており、会員権の移転には該証券の交付が必要であり、また、預託金返還請求権を行使するには、ゴルフ場会社に対し預託金を受取るのと引換に預託証券を返還することが必要である。会員権の譲渡には理事会等(本件では発券会社の取締役会)の承認が必要であるが、このことは有価証券である株式の移転に株主名簿の書換が必要であり、譲渡制限株式の移転にはさらに取締役会の承認が必要とされていることと同様、有価証券性を否定することにはならないものである。

b 有価証券としての取扱は商慣習により認められている。すなわち

預託証券の券面には、一般に譲渡文言と裏書欄が印刷されており、本件の証券についてもそういえるが、このことは証券が本来多数人の間に輾転流通すべきことを予定していることを示し、実際の取引社会でも一定の相場をもち、顕著な市場性を有し、株式と同じく会員資格に基づきプレーすることを問題外として投資の対象とされている。

また、会員券の有償取引を扱う業者も都内だけで二〇〇を超え、その中で関東ゴルフ会員券取引業協同組合なる組合を組織している者すらある。そしてこれらの傾向は将来も永続することが予想できる。

(ⅳ) 原告は、本件預託証券を昭和四二年七月頃、訴外加藤圭典から、善意で重大な過失なく譲受け、商法第五一九条、小切手法第二一条により善意取得の効果を享有できる。

2  被告は、昭和四三年頃紺文興業株式会社から原告に対する前項の債務を含めて同会社の有する債権債務の一切を譲受け、現に同会社が経営していた成田国際カントリークラブなるゴルフ場を引継ぎ経営している。

3  仮に上記のように善意取得が認められないとしても、原告は本件預託金返還請求権を、民法の定める指名債権の譲渡の手続に従つて承継取得した。

(ⅰ) 右預託金返還取得の経過は、次のとおりである。

a 本件の証券上宛名人とされている織田昇蔵は、前記発券会社から昭和四二年二月一日頃、本件預託証券を工事代金の支払として下記の念書と共に受領し取得した。

b 右織田昇蔵はその頃訴外チエニーに対しこれを譲渡し、チエニーはこれを同年七月頃訴外加藤圭典に譲渡した。

c 原告は右加藤から本件預託金返還請求権をその頃譲受けた。

(ⅱ) 民法に定める指名債権譲渡の対抗要件である債務者への譲渡の通知又は債務者の承諾は、元来債務者のみの利益を図るための規定であるから、債務者において利益を放棄し、別の取極めをなすのを妨げないところ、前記発券会社は本件預託証券の発行時に、本件証券につき「名義書換の必要が発生した場合は第一回の書換料第一回書換までの年会費は請求致しません」との文言のほかに「右記の本券を取得した第三者の権利に他の理由により失効することは有りません」なる特約を明記した念書を、各証券ごとに一通宛同文のものを添付して引渡した。これは譲渡にかかる対抗要件を要しない旨の特別の意思表示である。

4  また仮に被告が前記発券会社の原告に対する前記証券に表記されている預託金返還債務を引受けていないとしても、商法第二六条第一項の準用により、被告は原告に対し本件債務の弁済の責を負うべき地位にある。すなわち

(ⅰ) 本件預託証券は紺文興業株式会社の発行であるが、表面に「成田国際カントリークラブ」なる表示を冠し、いかにも右クラブがゴルフ場の経営や運営の責任に当つているかのごとき印象を与えているところ、実際の営業面でもゴルフ場開設の組織者は一般にクラブ名を表面に出して経営企業の名は後退させ、あたかもゴルフ場の名称が商号であるかのごとき観を呈しているのが例である。

(ⅱ) 被告はその名称自体に成田国際カントリークラブなる表現を使用しており、営業の面でも国際カントリークラブなる名称の前記訴外会社のゴルフ場の企業施設等を引受け使用している。これらの外観からすれば、一般人は、被告が従前同一ゴルフ場を経営していた紺文興業株式会社の債務を引受けたものと判断するのか通常であり、現にこれらの事情から、本件ゴルフ場に関し原告のように預託証券を所持し、被告に対し債務の履行を求め折衝中のものが多数存する。

(ⅲ) 商法第二六条第一項は、債権者の外観に対する信頼を保護するために営業譲受人の弁済義務を認めたもので、本件の場合にその立法趣旨から右条項を準用すべきは当然である。

5  原告は被告に対し、昭和四七年三月八日到達の内容証明郵便をもつて七日以内に預託証券表記の金員合計金六〇〇万円の支払をなすよう請求したが、被告は応じない。

6  原告は被告に対し、金六〇〇万円、及びこれに対する右催告期間を経過した同年同月一六日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する答弁

1  第1項の主張事実のうち、紺文興業株式会社が本件預託証書を発行したことは不知、善意取得は争う。

(ⅰ)に対し、原告は紺文興業株式会社の経営したゴルフクラブの正会員ではない。

(ⅱ)に対し、本件預託証書について見ても、譲渡できるのは入会金返還請求権について理事会の承認を得たうえとの定めであり、またクラブ正会員の資格の譲渡には、会則七条により発券会社の役員の承認を得ることが必要となつている。いずれも証書の文面上に明記されている。

(ⅲ)に対し、本件預託証書は有価証券ではない。権利が証券に化体し、証券に基づく権利行使に対して債務書側で証券面上の記載以外の事項をもつて対抗できないことが有価証券の本質であるか、ゴルフクラブ入会金預り証書にはかゝる性質がない。原告主張の善意取得はあり得ない。

2  第2項の主張事実は、被告が前記訴外会社から一定の範囲で成田国際カントリークラブなるゴルフ場所属会員との間の権利義務を承継したことと、右ゴルフ場を引継ぎ経営していることは認めるが、その余は否認する。被告が承継したのは昭和四二年六月五日現在で登録のある会員に関してのみで、本件預託証書上に名の出ている織田昇蔵はこの中に含まれていない非会員である。

3  第3項、第4項の主張事実を争う。

4  第5項の主張事実は認める。

5  第6項の主張を争う。

第三  証拠〈略〉

理由

一〈証拠〉によれば、訴外紺文興業株式会社は昭和三九年七月より同四二年九月頃まで被告に事業経営の引継をなす以前の成田国際カントリークラブなるゴルフ場を開設し経営したが、世上一般の例に做い、いわゆる預託会員制度の観念の下に、本件預託証書の形式により入会金預り証書を発行し、発行された甲第一ないし第二〇号証(右預託証書)は所定の用紙により様式化した証券様の体裁を整えていること、右証書は表面に証と題し、ゴルフクラブ名称を冠書し、宛名人の表示、宛名人に対する預り金額と五年間据置で無利息の記載を掲げた後、預り金の趣旨として、会則に基づくものであること、譲渡は理事会の承認を得ればできること、請求があつた場合は会則に基づき預り金を証書と引換に返済する旨の記載をなし、発券記号番号と発券日を入れて発券会社の記名押印がなされ、裏面には裏書欄が設けられていて、ここには譲渡年月日、譲渡人氏名、譲渡人印、譲受人氏名、代表取締役承認印の各項が用意されるほか、記として、一、証書が権利者のゴルフクラブ個人正会員であることの証たること、二、会員の資格は証書と共に他人に譲渡できること、但し会則により会社役員会の承認が必要であること、三、証書の譲受人は発券会社が名義変更承認の記載をすることにより譲渡人と同等の会員の資格を得ることの断り書きを有していて、有価証券類似の証書となつていることが認められ、〈証拠〉によれば、原告自身が本件証書による有価証券売買に類する取引に関与し、これに対し取引の相手方となつた者もいることが認められる。また〈証拠〉によれば、右のような預託証書を発行する一般公募の際の入会申込の扱いについては、前記会社の役員会において入会承認の権限を有する建前の下に、その代表取締役が兼ねて代表したゴルフクラブ建設委員会名で事務を処理したこと、各種会員別に入会金を納入させたこと、会員には預託証書のほかにプレイ券なる施設利用者識別上の会員章をも交付したこと、右建設委員会は後に理事会と改組したこと、次にカントリークラブ規約なる名称の前記クラブの会則によれば、クラブは前記会社のゴルフコースを利用する会員相互の社交親睦を目的とする任意団体であるが、会員は種別に応じてクラブの定める諸料金負担の義務があり、財務や経理に関するそれぞれの委員会が各種委員会の一として設けられ、会員の経済的負担については、さきに記した入会金につき、入会金は会員としての在籍期間中会社が会員資格保証金として預る定めであるとされ、そのほかに会員資格剥奪に関する定めをも持ち、除名については会社役員会の決議によることとしていること、被告のカントリークラブ会則によるも右の大綱はおおむね同様であるが、入会金の預り期間は八年据置とされ、会員の権利を他に譲渡するには入会後二年間は禁止を受け、年会費が毎年一定時期に納入義務を課せられている点と会員資格の喪失原因が譲渡、死亡、退会、除名と明示される点において変容ないし詳細化されていることを認めることができる。更に〈証拠〉によれば、右のような会員資格取得とこれに伴なう預託証書の発券以外に、前記発券会社がゴルフ場施設の工事業者に対する支払金に代えて正規の会員として入会金預託証書を発行したことがあること、また別に融資先に担保として預託証書を差入れたことがあり、これには通例、〈証拠〉に見られるごとき原告主張の文言を記載した念書が添付されることが多いこと、があるのを認めることができる。

右の認定される諸般の事実に照らして考えるのに、原告が有価証券であると主張する本件ゴルフクラブ入会金預り証書が表彰する権利として把えられるもの、いわゆる預託証券に化体しているとされる会員権とは、その一には入会金の預託を伴なつて付与を受ける発券会社経営のゴルフ場の利用者として個別的に、又はその集合であり社交親睦を目的とする任意団体の加入者の立場で受ける積極消極の諸権利義務を包括する地位が挙げられ、その二には右入会金の返還請求権として発券会社に対し取得される金銭債権があるとしなければならないが、この両者は法律適用上の面は別として、ともかく発券者によれば表裏一体、相即不離の関係にあるものとされ、且つこの一体性が証券として取引上の流通を図る場合の基幹をなし且つ最重要の機能を営むよう構成企画されていると解するのが相当である。

ところで、ゴルフ場利用者が個別の立場で施設の利用を提供する会社との間で設定する権利義務、これらの利用者が組成する任意団体を通して右会社との間で有する権利義務、或いは任意団体内部での権利義務に関する契約上の地位をその目的として、これを端的に証券に表彰し流通の対象に置くことがあつても、本来かかる権利義務は帰属者の特定性と緊密に癒合しているのが普通で、その故に流通には適しないものであるところ、かかる性質が何らかの工夫で除去されるとしてもそこに表彰される実質関係上の権利はその義務と共に年月に従い充溢又は衰退を見ることであるし、これに伴ない右の権利義務と結合され束縛を受ける証券上の権利は必ずや動揺消長を来すことは避け得ないものであるから、その証券自体が有価証券というには適切でなく、仮に幾ばくかの意味で証券化され得る性質のものであるとしても、原告の主張するような善意取得の法律効果まで法の保護を受ける領域のものということは到底適当とはいえない。むしろ善意取得を認めた場合には、流通上の発券会社が与り知らず又は左右できない法律外の事情によつて、証券を発行したゴルフ場会社の事業経営に直接間接摩擦が生じ、また社交親睦を目的とする会員のクラブ組織の維持発展に障害が及ぶ惧れすら招来されないではないといえるものである。そしてこのことは、証券が右のように契約上の地位を端的に表彰するものとするのではなくして、権利義務を包摂する契約上の地位についてゴルフ場会社に対し会員としての登録名義を権利取得者のために書替えるべき旨を請求できる機能と、若干事を異なる側面から眺めるとしても、結論では同じであるといわざるを得ない。

次に、金銭の給付を目的とする点で、商法第五一九条の適用があるかとの点に関しては、たしかに原告主張のような事実たる慣習上の有価証券として又はこれに類するものとして流通性が付与され得る素地があることを否定はできないし、従つて有価証券の語を最広義に使用すれば、それに包含されないといい切れない。その点では、右入会金の法的性質を考察して、ゴルフ場会社の事業経営資金の内部的負担関係であり、いわば出資金であるとするのは当を得ないし、むしろ会社の一方的な運用利益を見込んだ高額の保証金名義の借用金であるとする方が穏当で、右のような金銭債権であるからこそこれを化体する証券という観念も成立つというべきものであり、更にかかる証券自体、要因、非設権で且つ記名の原則的特性を示してはいるが、しかし譲渡の方式については流通性を増すために、厳格に証券を伴なつた一般の債権譲渡方法に限ることなく、逆に裏書欄を設定することによつて選択的に指図式による慣用の採用されることを暗に期待し、その有効な流通の公認を求めているといい得ることも、ここでは看過できない。しかしながら、指図によることを期待しながら、さきに記したように裏書欄には、譲渡に関する発券会社の承認印の押捺部分、が設けられており、これは指図性の一部の否定と推論すべきであるのに、その必要性を抹殺することは考えられておらず、体裁上からいつても、その果す原則的な機能からいつても、いずれにせよ証券としての本質的特性はあくまでも記名証券とすべきであるうえ、さきに見たように、入会金返還請求権は行使につき一定の年限後という期限と、これは必ずしも明確ではないが、クラブ会員資格の消滅という条件に服していることも判断に当つては顧慮しなければならないところである。もちろん、これは反対給付を意味するものではないが。更に、証券については一体化して考えられているところの前段認定のゴルフ会員資格との関連において、譲渡につきゴルフ場会社の承認が必要であるとされる上記の前提があり、この実質関係で定められる前提が証券上の権利行使の上でいかなる場合にも切断分離できないものとまでは考えられないが、それはともかくとして、結合が維持される通常の場合には、譲渡の不承認があつた際に、いかなる手続で権利者が有する権利の確守をできるかは全く基準が設けられておらず、流通を図る証券としては一の重要な法的障害を残しているといわざるを得ない点もまたおろそかにはできない。かように彼此対照して観察して来ると、結論としては、金銭債権を表彰化体しているからといつても、ただちに商法第五一九条を適用できるものではないとすべきである。

従つて、原告は、本件クラブ入会金返還請求権について請求の原因の第一として証券の所持により善意取得を論拠としているが、結局善意取得は認められないとすべきであるから、そうである以上は、第一の原因については、既に失当であることが明瞭であるので、あえてその余の判断にわたることはしない。

二そこで、指名債権譲渡の方法により原告が本件預託証書上の権利を取得したか否かの点について検討する。

〈証拠〉によれば、原告が本件預託証書を取得した前主は訴外加藤圭典であり、加藤の前主は訴外チエニーで、同人の前主は証書上の宛名人である織田昇蔵であつて、いずれも有償の譲渡であつたと認めることができる。そして、原告が取得したというのは右預託証書上の地位全般にわたることであつて、その性質上本来金銭債権に限られることではないが、入会金返還請求権という金銭債権に限る趣旨であつても、弁論の全趣旨からいまだ前記認定の性質論からいわれるところのゴルフクラブ会員資格との結合を分離はされていない段階のものであり、承継される前主、ことに裏書欄に記名がある前主で原始会員である織田昇蔵の会員資格の存否にかかわりがあるとすべきものである。上に触れたように金銭債権だけが分離される可能性は認め得ない訳ではないが、原告の主張はいままだその点の判断を求めるまで十分構成されているとは認めがたいし、証拠上もこれを仔細に明らかにする資料はない。

しかして、〈証拠〉を総合すると、本ゴルフ場を経営していた紺文興業株式会社は当時事業資金の融通を姉妹会社である訴外紺文産商株式会社から受けていたころ、同会社と紺文興業はその頃その名で訴外中野幸三から手形割引等で金員を借用し又は担保不動産の使用を許されたりして、ことに中野は紺文興業の取締役でありこれらの貸借につき責任者であつた訴外国田豊と親しく交際して心易かつたことがあつたりしたため、昭和四三年二月頃国田に対し、前記両会社に対する手形債権等の関係とは全く関連なしに、都合で織田昇蔵名義の本件ゴルフクラブ入会金預り証書をいわゆる相場ある有価証券として短期間に限り用済次第返却する条件で借受けたい旨申込んだが、紺文興業としてはこれにつき国田の報告を受けてから関係者が協議の末、結局同取締役の責任処理を条件としてこれを承諾し、国田のいうままに総務部長訴外山崎秀三において証言二〇通、額面合計金六〇〇万円を正規の様式に準じて予備用紙を用いて証券様に作成し、国田から中野を経てその頃証書は全部織田昇蔵に渡るに至つたこと、同時頃に、預託証書を紺文興業において金融を得るため担保として作成し差出す際に用いられる例に做つて作成されたと考えられる念書(甲第二一、第二四、第二五号証)二〇通が、預託証書各通ごとに添付されるものとして作成され交付されたが、右の念書については、およそ作成者において簡略粗雑な作成方法をを選び殆ど全部をリコピーしたもので作り上げ、記名押印の不鮮名な部分があり、また紺文興業代表者名下の印影も預託証書上のそれに該当する印影とは異なるものから成り、現在ではこれらの念書がいついかなる径路でいかなる趣旨で作成されたかすら究明しがたい事情にある性質のものであること、織田は右証書の発行を見るまでの時期に紺文興業と法律関係を有したことは全くなく、クラブ会員資格取得の申込手続も入会金支払のいずれの事実もなく、その後同人は行方が不明になつたこと、一方で中野自身も右のように発券された本件証書につき織田の名義に代つて自己が実質的権利者(会員権保有者)であるとの主張は全くする意図も事実もなく、むしろ強く否認して、本件証書は織田が中野の名を詐つて紺文興業から僣取したものであると近時に述べていること、を認めることができ、原告が主張するような工事代金の支払方法として織田が紺文興業より作成交付を受けたとの事実はその痕跡が皆無であり、なお真正な担保提供の便法として紺文興業が発券交付したとの事実すら存在しないものであることが明瞭に認められるものである。〈証拠排斥、省略〉

そうであるとすれば、本件入会金預り証書は、そこに表彰記載されている合計金六〇〇万円の返還請求権を真正に証するものではなく、仮構の権利証書であるといわざるを得ない。

原告の請求の第二の原因は、右入会金返還請求権が真正に成立し、譲渡を経て原告に現在帰属しているとするものである。右のようにその主張の債権が成立しなかつた事実が明白に指摘できる以上、かかる構成で右返還請求権を行使するのは既に当を得ないことはまことに明瞭である。被告が紺文興業との間で一定の範囲で権利義務を承継したことはその承継範囲を除き当事者間に争がなく、承継の範囲については、〈証拠〉を綜合し、被告主張のとおり昭和四二年六月五日を基準時とし、右時期に正規の会員として取扱われるべきゴルフクラブ会員に関する紺文興業の権利義務に限るとされていることが明らかであつて、被告は織田昇蔵の資格について非会員であつたと述べるが、この点はまさにそのようにしか云い得ないものであり、原告の請求は容れられないとすべきである。

三原告は更に本訴請求原因につき商法第二六条第一項の適用を主張する。しかしながら、その主張の構成自体に明らかなとおり、右請求は原告主張の入会金六〇〇万円の返還請求権の成立を前提としている。しかし、前段に示すとおりの理由で右債権の成立は否定せざるを得ない。従つて、既にその余の点の判断を下すまでもなく、この構成による請求もまた理由がなく棄却を免れないといわねばならない。

四よつて、原告の請求は全部理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九条を適用して、主文のとおり判決する。 (岡山宏)

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